伝統工芸「博多織」に大潜入ー!

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以前より伝統工芸の技術に興味があり、博多織工芸館(福岡市西区)を運営するサヌイ織物さんに伺いました。

博多織の歴史は長く西暦1241年に宋から帰国した博多商人の満田弥三右衛門(1202年-1282年)が持ち帰った唐織の技術が始まりと言われています。

満田弥三右衛門の子孫が再度、宋に渡り当時の最新技術を持ち帰るなど品質改良を行い、博多独自の織物を実現しました。
江戸時代初期には当時の領主黒田長政が幕府への献上品として指定し、「献上博多織」と名を残し、名実共に高級織物の地位を確立。明治時代以降の産業の発達に伴う織物需要の急増や機械化を経て、現在の博多織の素地が出来上がりました。

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画像は昭和40~50年代に製作された献上帯の帯見本。ご存知の方も多いと思いますが、帯見本は色々あり、博多織の柄というとこの「献上柄」が有名。福岡に16年済むと、もう馴染んでます。見ると落ち着きます。なんででしょうか。この柄に意味があることをご存知でしょうか?

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仏具である「華皿(はなざら)」「独鈷(どっこ)」の連続模様の間に「縞(しま)」が入っているのです、そんな名称があることさえ知りませんでした!

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その「華皿」「独鈷」はこれです!調べてみると、

「華皿」は仏の供養をするとき花を散布するのに用いられる器、
「独鈷」は密教法具の一つ。真言宗では、煩悩を破砕し、菩薩心を表わす金属製の仏具であり、修法に用いられます。細長く手に握れるほどの大きさで、中程がくびれ両端がとがっています。

とそれぞれしっかり意味があり、縞にも種類があるようで、

献上の模様の「縞」には両子持(りょうこもち)と中子持(なかこもち)を使います。

献上するにもしっかり意味があるんですね、意味や裏付けが無いものを献上品として扱えるわけがない。実に奥が深い世界です。
博多織工業組合(献上とは)参照

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これは展示されている手動の織機です。今はというと、

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こういう機械。伝統工芸を支える技術。100年以上の歴史がある津田駒工業(石川県金沢市)さんの織機。国内の織機ではトップシェア、ジェット・ルーム(高速自動織機)の生産では、世界トップシェアというこの業界では世界一の技術を持っている企業。石川県金沢市は絹織物の主要な生産地であり、近代製造業・工業が盛ん。なるほど。これは行ってみてみたい!…そろそろ博多織に話を戻って。

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博多織が出来るまでの織物の製作行程は!細やか。(下画像参照)デザインを作る「意匠」を始めとしたそれぞれの職人の手によってひとつずつ作られています。先程の機械は「機仕掛け(はたじかけ)」といって、タテ糸とヨコ糸が切れないように一本一方丁寧に調整しています。糸が重なることで、博多織の紋織模様が出来ていくのです。
博多織工業組合(博多織について)参照

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たくさんの工程を経て、ひとつの作品が生まれていくのです。伝統工芸が始まったころは伝統ではなく、新進気鋭の芸術作品だったと思います。博多織も有名では無い頃、地域で作るで芸術作品の一つだったに違いありません。そんな伝統工芸も全国レベルで見直されつつ、現代の芸術作品にも多く活用されています。伝統工芸は大人が楽しむものと思っていました。そして、なかなか「理科」と伝統工芸は近い存在は無いと思っていましたが、素材、モノ、技術など、実はどこをとっても、「理科」なのかもしれません。みなさんの身近にある伝統工芸を一度ご欄頂ければ、きっと面白い発見につながるのかもしれません。

【取材先】
サヌイ織物
〒819-0001
福岡県福岡市西区小戸3丁目51-22
TEL 092-883-7077 / FAX 092-883-7107
博多織伝統工芸館が隣接していますので、その歴史をじっくり堪能することが出来ます
最後になりましたが、意匠・平田さん、ご協力頂きありがとうございました!

 


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